蜜柑と猫

痛い厨二病

たのしいぶろぐをかいたのに

ブログを書いたはずなのに、なんでか僕のブログには何にもない。ブログを書いたはずなのだけれど、なんでも僕のブログには言葉がないみたいだ。投稿画面のカーソルは、僕の時間みたいに止まったままで、何度開いても、僕のブログには当たり前のように何にもない...。なにかがおかしい。明日はもっとたのしいブログが書けたらいいなと願うけれど、展望は無いし、それほど希望も持ってない。「昔はよかった」と思い返せるほどのよかった自分は遠くになりけり

しばらく更新がなかったブログが、急に活発に(それこそ1日1記事、ぐらいの頻度で)投稿を始めると、セミって死ぬ前が一番五月蝿いんだよね、って思い出す。

絶え間ないの。

いつかインターネットのどこかで聞いた気がする曲を頭の中で再生してみるけれど、その先が思い出せない。ぷつりと切れた音楽は、僕を情動的な温度差で、絶え間ない悲しみに暮れさせるの。その事だけに貢献して、その先は死ぬまで空っぽ。思い出せずに切れた音楽みたいに僕の人生は、知ってる事だけリピートしてる。

夏を捕まえて。

季節が僕の体を通過して、熱が僕を生きたまま焼いていく。季節に適応できない僕の体は、季節が過ぎ去っていく速さが眩しくて、手を伸ばしても捕まえられなくて、また僕の体を季節だけが通過する。季節があんまり早かったから、僕の体は季節を捕まえられなくて、あの夏だけを捕まえて焼かれて死んでいく。

心がカサカサ。

心がカサカサに乾燥しきっていて、人を好きになるのは、だれかに依存するのは心にリップクリームを塗るようなものなのだけれど、すぐに剥がれてしまうんだよね。人を好きになることは多々あっても、好かれることというのがない。

胃が空っぽ。

胃が空っぽで、すっからかんで、早く満たされたいと思うんだけど、でもこの空っぽでいることの気持ち悪さはどうしようもないんだよね。この空っぽですっからかんの人生と同じように、この空白を満たせるものはなにもない。

冬はまだ終わらない。

毎年この季節になると二年前を思い出すし、素敵な思い出なんて思い出してもいいことはないのだけど、その時の僕にはまだ熱があったと思うと悲しくなる。時々こんなもの下らないと大きくため息をつくけれど、諦められないような事はどう頑張っても諦めは付かない。あの興奮をもう一度思い出したくて、すんでのところで冬を待ち詫びた。春はまだ終わらない。